正常化バイアス

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社会ニュース部

つい最近、TV番組で「ビュッフェで大量に料理を取って残すのは有りか無しか?」というトークが有ったそうです。私はその番組を見ていないのですが、ニュースサイトに内容が掲載されていました。
内容は突き詰めるとどうやら、「お金を払ったら何をやってもいいのか」という所に辿り着く様です。出演者のコメントも、その記事に対するリアクションも肯定派は全てそこが拠り所なのでしょう。
そこには「手に入れた物は自分の物だから、粗末に扱っても良い」という曲がった精神構造が横たわっているのです。これはブラック企業の経営者と同じ思考回路で、「賃金を払ってるんだから、あなたたちをどう扱おうが私の勝手だ」というのと同じ理屈です。
では何故こんなに曲がってしまうのでしょう?
それは近視眼的な物の見方しかできない人の割合が増えたからに他なりません。「自分」と「目の前の人」のパワーバランスしか見えていないのです。更にその考えに疑問を持たない構造的な問題も存在します。SNSに見られる様な、所謂同類収集システムの弊害です。これは正常化バイアスをマックスまで引き上げるもので、耳障りの良い意見のみを集めて自己を正当化するのです。
先ほどの話で言えば、料理を作るには材料の生産者や配送業者、料理人、ホールスタッフなど数えきれない人が関わっています。そういった全体像を意識出来ない事が「自分はお客様で、お金を払うのだから店よりも立場が上だ」というチンケな結論に向かわせるのです。「お客様」というのは接客する側が持つべき美意識であり、客の側が主張する意識であってはいけません。企業経営者の話でも同様に、雇用主と従業員という部分だけを見るから人を所有物の様に考えてしまうのです。雇用する側には従業員だけでなく、その後ろにいる家族の生活も背負っている事の理解が必要です。人を雇うという事は、その家族の生活に対する責任の一端を担う事と同義なのです。
「成長」というプロセスに於いて「思考」「検証」「反省」「リトライ」など必要なファクターが有りますが、正常化バイアスはこれらをことごとく破壊します。つまり成長を放棄し、幼児性を助長させる事に依存してしまうのです。中毒と言った方が近いかもしれません。
近年、こうした未成熟な人間がのし上がってハラスメントを繰り返す事象が後を絶ちません。その周辺にはイエスマンしかいないという共通点が有ります。耳の痛い話ほど人を成長させるのですが、耳の痛い話をする人間を冷遇し自分から遠ざける成長拒絶型のリーダーと、自身の価値基準を持たずにリーダー(もしくは多数派)の意思に沿う言動で得をしたいスネ夫体質の取り巻きが世界的に増殖しているのです。

「人は生涯成長できる。ただし自ら放棄しなければだが。」

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