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社会ニュース部

先日クリスティーズで、AIの描いた肖像画が$432,500で落札されたそうです。作品は「Edmond de Belamy 」。この記事のタイトルはそのAIのサインとして書かれた数式です。数式を1行に書けないので間違った記述になってますが雰囲気は伝わるでしょうか?AIが描く絵については、「あんなものは芸術ではない」とする人と、「人以外が製作したものでも芸術だ」とする人に分かれています。さてどちらなのでしょう?

それを紐解くには、この作品をAIに描かせた人物に目を向ける必要があるでしょう。その人物は・・・フランスの芸術家集団(Obvious)。芸術の民主化を目指す集団だそうです。「芸術の民主化」・・・耳障りの良いフレーズですね。つまりパトロンの支援により芸術家が作品を作り、権力者や資産家が保有する。旧来の在り方から芸術を解き放つ様なイメージを与えます。しかしそうでしょうか?今回の流れを見ると、芸術家が作品製作を自動化してオークションに出品したに過ぎません。つまりこの作品を芸術と捉えるのではなく、「AIが絵を描いた」というパフォーマンス自体を現代芸術と捉えるのが正解ではないでしょうか。

もしこの先もAIの描く絵画に数百万、数千万の値段が付くのなら「資本主義世界に於ける投機としての芸術」として確立していくでしょう。しかしその可能性は皆無です。AIが身近になればなるほど相対的に手描きの物の価値が上がり、ますます本物の芸術作品は庶民から遠ざかるのです。そしてAIが絵を描けば描くほど「AIの絵」の価値は希釈される事は容易に想像がつきます。

コレは「芸術」というモノをどう定義するかによって見方が変わります。芸術というのは資本主義の中に取り込まれてしまい、そのモノ自体ではなく幾らで売れるのかで価値が決まる現実があります。おかしな話ですが・・・。その一方で人間の感情に訴えかけてくる本質的な芸術もあります。その作品の前に立つと自然と涙が出たり、高揚感に駆られたり。もしAIの描く絵が本質的な芸術の域に辿り着くことができたなら、その時初めて芸術作品となるのではないでしょうか。

今回の絵画はAIに古典的肖像画15,000点を憶えさせ、その規則性から新たな絵を描かせたと言われています。つまり人間の作った作品のデータ(人工物)をAIに与え、そこから作品を作ったわけです。それを踏まえて最後にこんな言葉を書いて終わります。

「花を与えるのは自然。編んで花環にするのは芸術。」ゲーテ

 

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