狭量発言のミカタ〜寛容にならなあかんよう

2019年8月2日

先日、先の参院選で初当選された方達の初登院の様子が放送されていましたね。車椅子の方が3名いらっしゃいました。是非頑張って頂きたいですね。

「バリアフリー」「ダイバーシティ」「一億総活躍」「男女平等」そんな言葉を自慢げに使う国会が、国会内ですら何一つ実現されていなかったというオチでしたね。

突貫工事で慌ててハード面のバリアフリー化。自分達が「社会的弱者」と呼んでいた人が同じ立場になり狼狽。議員活動するなら公的介助は受けさせない。国会議員の男女比は?本当にこれが令和の日本なんでしょうか?それともここだけ昭和?

公的介助の件で、維新の松井一郎がかなり批判的な事を言ってましたが、そもそも的外れな発言です。今まで実質的に「障害者は働くな」という縛りになっていた、という事が明るみに出た訳です。そういった問題に向き合い、議論し、解決していくのが政治家の仕事です。それを放棄し「議員だけ特別扱いはおかしい。」との発言。これまで政治屋の皆さんが、光も当てず社会から抹殺してきた方達が、変わらない社会を変える為に自ら出てきてるんですよ。自らの政治家としての力量不足を反省するのではなく、批判や足を引っ張る事しかできない大人を見て、そこから子供や若者は何を学ぶのでしょうね。

「問題を問題だと思わない人間こそが問題だ。」

結局、「バリアフリー化」が一番遅れているのは、人々の頭の中なのです。

人は一人一人、体力も能力も外見も違います。生い立ちや家庭環境、考え方も勿論違います。そういった”違い”を最初から排除すれば何も生まれません。いや、1つだけ生まれますね・・・軋轢が。

「あなたとは意見が違いますね。良かった。あなたは私が見えていない物を教えてください、私はあなたが見えいてない物を教えます。」そう思えたらお互いの利益になります。

Aさん「これって丸だよね。」

Bさん「はぁ?四角だろ。」

Aさん「四角って、お前おかしいんじゃないの?」

Bさん「お前こそ、どこが丸なんだよ!」

これではお互い自分が正しいと思い込むだけです。

ちなみに正解は・・・

缶を上から見たAさんには丸く見えた。横から見たBさんには四角く見えた。つまり二人とも正解なのに、相手を間違いだと思ってる状態です。

もしハナっから否定せずに、相手の話に耳を傾ければ「自分には丸く見えてるけど、相手には四角く見えているなら・・・もしかして円柱?」とより良い正解に近づけます。

異なる視点は、あなたの成長を促すプレゼントです。

多様性と認識共同体

多様性は発見とストレスと議論と成長をもたらします。一方で認識共同体は、マンネリと安心と馴れ合いと停滞をもたらします。

ちなみに認識共同体というのは「同じ様な思考、境遇の人間がより集まって、そこを平均的社会と誤認している集合体」の事です。ここで一番の問題は、認識共同体にいるとそこの常識が社会の非常識であっても気付かないんですね。周りが似た思考の人間だけなので。SNSも同様です。似た思考や共通項の多い者同士が結びついていくシステムなので、そこでのやり取りは賛同を得易く、あたかもそれが世論であるかの様に誤認してしまうのです。

この症状が悪化すると人は狭量になり、少しでも意見が違うとブラックバスの様に噛み付くんですね。ネトウヨと呼ばれる人などは正にそうですよね。

しかし彼らも可哀想な面もあります。人間は社会的生物であると言われますが、現実社会で自分の必要性を実感できなかったり、自分の生活で一杯一杯だったりして心がささくれ立っているのかもしれません。

もし大切な人が側にいたり、誰かが自分を必要としてくれていると実感できていれば、もう少し優しい心持ちでいられるはずです。その為にも社会には「寛容」の空気が必要で、それを生み出す為にも政治家は多様な声に謙虚に耳を傾けなければならないのです。

「心下痞塞すれば、百慮皆あやまる」(シンカヒソクスレバ、ヒャクリョミナアヤマル)

 

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