本当に必要な教育のミカタ

2019年11月26日

人は何で形成される?

私は常々、人を形作るのは「出自」「環境」「教育」だと考えています。

「出自」とは言い換えるとその人の「ルーツ」であり「歴史」「経験」とも言えます。

「環境」は「朱に交われば赤くなる」という様に、人は自分のぐるりに対し相互に影響し合います。無意識でいれば自然と同程度のグループとなり認識共同体を形成してしまいます。これは成長速度の低下や見識を狭める事にも繋がります。逆にその影響の輪を己の成長と共に大きくすれば、玉石混淆になり多様な知見や慧眼の獲得に寄与するでしょう。

そして「教育」。今日はこの教育を取り上げてみたいと思います。

まずは最近のお話から・・・

先日『世界秩序構想としての「翻訳」の意義と可能性』というシンポジウムにお伺いしました。そこで「英語化は愚民化」というキャッチーな言葉に強く共感しました。「日本語教育を疎かにし英語教育に注力すれば、英語を喋れるバカを量産するに過ぎない」・・・確かに。

「グローバル社会に於いて英語は必要だ」という言説は、確かに一見尤もらしく聞こえますし、最低限の英語が必要な場面もあります。しかしそれが日本語で思考する事の代替とはなり得ません。もし日本語教育を疎かにし、その時間を英語教育に当てるとどうなるでしょう?実はこの弊害は既に出ています。

4日前の日経ビジネスに「9時10分前を理解できない若手」の記事がありました。普通「9時10分前集合」と言えば”8時50分迄に集合”の意味ですよね。ところが9時10分よりも前(つまり9時9分とか)だと認識する若者が増えているそうです。

他にも領収書の宛名「上様」がわからないとか、呼び捨てにしてしまうとか、「大変」の意味で使った「骨が折れる」を骨折と思うとか、英語の意味を調べたが日本語の意味の方がわからなかったとか、かなり深刻な状況の様です。ご興味ある方はコチラをどうぞ。

日本の教育は今

近代日本においては、学校教育では「受験」というものが常に意識されてきました。「詰め込み教育」と呼ばれる、画一的・・・いや強い言い方をすれば全体主義に紐付けられた様な教育が主流でした。つまり紋切り型の記憶であって、オリジナルの思考を阻害してきたんですね。

これは現在の政党支持率を見ても明らかです。これだけの愚策・失策・改竄・隠蔽・汚職・公金横領などを繰り返しても与党の支持率は高いままです。ところが支持の理由は「他よりマシ」「消極的支持」これが大半です。つまり「茹でガエル」になっていて、完全に自己で思考する能力に欠陥を抱えてしまっているのです。

更に近年に至っては、政治が介入を強めており、歴史修正主義的教科書を導入している学校も見受けられます。歴史だけではなく憲法についても、既に与党の改憲草案に沿った内容の教科書を出している極右的出版社もある様です。今回問題となった大学受験の民間試験も、自民党議員と民間教育産業の癒着によって推し進められました。受験生は置き去りです。

抜本的な教育改革は本当に急務だと考えます。

何が足りない?

私は「近代史」「政治」「経済」をもっと学ぶべきであろうと考えています。

近代史であれば「日本を全肯定」「日本を全否定」という極端な立場ではなく、フラットな立場で教育する必要があります。「歴史とは合意に基づく嘘である」という言葉が示す様に、そもそも歴史とは強い側の捏造を常に多く含んでいるモノです。だからこそ感情論が先に立てば、その捏造にはまり込んでしまうのです。近代史を知らなければ他国との問題などは、全くの感情論が幅を利かせがちです。

よく「韓国は反日教育だ」と言われます。それは半分事実であろうと思います。最近、韓国でこんな本がベストセラーになっています。

これは自国の歴史教育の中にある嘘と向き合った書籍です。これが本来あるべき姿ではないでしょうか?どの国も基本的に自国の都合の良い様に歴史を曲解する傾向にあります。その齟齬が国家間の軋轢を生むのです。

これを教育に落とし込むには、やはり両国の「自国の歴史観に疑問を持った研究者」で共同の歴史書作りを検討するのが、より真実に近付ける道ではないでしょうか。

「政治」「経済」についてはほとんど「教育など為されていない」と言って良いレベルでしょう。

例えば先進国では、国会中継を見て自分の意見を発表したり、ある議題について討論をする様な所謂アクティブラーニングが多く取り入れられています。ところが日本ではこの「思考」「思想」「哲学」を育まずに、この分野に対しても上からの押し付け教育をしています。それも浅く短時間。

政治と経済

もし政治や経済についてもっとマトモな教育が為され、最低限のリテラシーを持った国民が半数以上いれば、現在の様な情勢にはなっていないでしょう。

根源的な事ですが、人は生まれた瞬間から死ぬまで「政治」の影響を受けます。「経済」も同様に国民の生活に直結した問題です。つまり本来であれば十分な時間を割いて教育されるべき話なのです。ところが何となくタブー視する風潮が蔓延し、「わからないから現状を支持する」と言う最悪な選択が繰り返されています。

あとよくいるのですが「経済」と「経営」の区別がつかずに、企業経営のやり方を国政に持ち込むのは完全な間違いです。

こういった事も、日常的に「政治」や「経済」の話をしていれば、自ずと知識として蓄えられていきます。まずはご家庭内で少しずつでも話をする事をお勧めします。少し長くなったので、この話はまたそのうちに。

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