日本人の思考

2020年4月22日

「疾風に勁草を知る」

私の好きな言葉です。平時にはその人の本質や実力は見え難いが、緊急時には本質や実力が如実に表れるという意味です。

今回のコロナウイルスの世界的蔓延によって、各国の政府がどの程度の実力があるのかハッキリと差が出ました。女性がトップを務める国が軒並み上手く対応しているのは偶然では無いでしょう。台湾・ドイツ・ニュージーランド・アイスランド・デンマーク・フィンランドなど、早期に国民へ警戒を呼びかけ現実的に先手先手で対応しました。一方で楽観的な姿勢で臨んだ国々は、悉く煮え湯を飲まされています。危険度や被害の規模を過小評価し現実から目を逸らした結果、対応が後手後手に回り被害を拡大させました。

その劣等国の中でも我が国は、目を覆いたくなる様な無様な対応です。厚生労働大臣は当初「防護服など必要ない」と言っていましたし、「風邪みたいなものだ」という人や、「インフルエンザで死ぬ人の方が多い」などと言う人までいました。「備えあれば憂いなし」と言いますが、備えもせず現実からも目を逸らす人に何が出来るのでしょう?

今回のパンデミックは疫病としてダメージと、経済活動をストップさせる事による経済的ダメージで多くの死者が予測されます。各国、国民の生活を維持させるために必死で対策を施しています。日本では一律給付を決めるだけで長い時間を費やし、未だに手段は確定していません。その一方でウイルス対策にならない布マスクを配布し、しかも異物混入や虫の湧いた不衛生な物である事が発覚。不良品として苦情が数千件発生しています。納入元の開示も拒否していましたが、先日4社中の3社は公表されました。しかし残りの1社が暴利を貪った事は3社の受注額を見れば明らかです。

今国民は目の前のウイルスと戦いながら、背後から政府に刺されている様なモノです。

他の国であれば暴動が起きてもおかしくないでしょう。しかし日本人の多くは政府の暴挙も受け入れます。生活と政治が密接な物である事を理解していないのだと思います。

給付金に対して、与党議員は「常識的に受け取らない」などとまるで受け取らない事が美学の様に吹聴しています。現実には生活に余裕のある人は、寄付するなり地元で消費活動をし経済を支えるなりしなければ無意味です。受けなければその分のお金は国庫からピクリとも動かないわけですから。こういう「雰囲気パフォーマンス」にコロッと騙される人が、相変わらず多くいます。維新の会などは正にこのパフォーマンスのみで支持率を積み上げていますよね。

日本人は本質的に「清貧」を崇め奉る傾向にあります。そこに漬け込む政治家は非常に多いのです。「痛みを伴う」「痛みを分かち合う」「我慢」「団結」「支え合い」「将来の為」・・・こんな美辞麗句でイチコロですから、政治家も辞められませんよね。政治は痛みを感じる人を救ってナンボです。「公務員は優遇されてるから、給料を下げろ」とか「自粛要請に従わない所は、晒して皆で叩こう」とかルサンチマンを煽る人物に乗ってはダメです。公務員の給料が高いのなら「民間もそのレベルになるように政府は景気対策やれ」とか、自粛要請するなら「ちゃんと広く補償しろ」とか声を挙げないといけません。みんなで沈むのではなく、沈みそうな人を掬い上げる方が社会全体の治安も経済も維持できます。

「不平不満も口にせずただただ受け入れる」というのは自然現象に対してだけ美しさや強さを持つものです。つまり「避けられないもの」は抗うよりも甘受する理があります。しかし、特定の人物による恣意的な思考によって多大なる被害を被るのであれば、声を挙げないというのは極めて情けない事ではないでしょうか?抗う勇気を持つ事こそが、今の日本人にもっとも必要なスキルだと私は思うのです。

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