プラグマティズム

2020年5月3日

プラグマティズム。アメリカ生まれ(チャールズ・パース)の思想・哲学ですが、日本語だと功利主義とか実利主義と訳されるのでしょうか。

抽象的な概念を、現実に落とし込んだ概念。日本的な思考と比較するとイメージし易いでしょう。

日本では「同調圧力。異論の排除。責任の曖昧化。失敗の排除」こうした傾向が根強く有ります。それに対し「異論も排除せず、共同で探求し相互作用・相乗効果を求める。実利を求め、失敗は糧とする」という思考です。

多民族・多文化で真理を1つと考える事が難しい為に、一先ずできるだけ多くの意見をテーブルに載せ、それらについて議論を深め結論を導き出すワケです。その中から選ぶ事もあれば、そこから新たなアイデアが浮かぶ事もある。つまりテーブルに載せた案を、参加者で膨らませるという事ですね。

政治で見てみると

タイムリーなところで言えば、立憲民主と国民民主の合流でしょうか。結局、国民民主が2つに分かれ立憲合流組と新党組になる様ですね。

この一連の流れを見ていて、立憲民主党はテーブル一杯に自身のイデオロギーを並べ、国民民主側がテーブルに載せようとした物を払い退けている様ばかりが目に付きました。「異論の排除」と「同調圧力」です。

イデオロギーは主張しているだけでは「寝言」と同じだと言われます。それを具体的な政策に落とし込んで初めて意味を持つワケです。そして環境が変化し国民が苦しんでいるのであれば、自身の平時の主義に拘泥するのではなく、レジリエンスに「今すべき事」にこそ注力すべきでしょう。

国民の生活よりもPB黒字化が優先される様な政治を、良く分からずに支持する国民がまだ多くいる事を憂慮しています。与党も野党第一党もPB黒字化を優先したがっています。それは国民貧困化と同義です。コロナ禍において苦しむ国民に対し、唾を吐く様な行為と言っても過言ではありません。

「野党が塊になれば」という幻想

今回の件で玉木氏を批判する声があがっています。「野党が塊になる事が大事だ。これでは自民党が喜ぶだけだ」そんな発言も見受けられます。しかしこれ、明らかに間違っていますよね。安倍内閣の支持率は下がり続けていますが、政党支持率では野党を束ねても自民党には到底及びません。もし野党が塊になれば自民党を凌駕する状況ならば、塊になる事が一番重要とも言えるでしょう。しかし現実は、野党の支持率は増えていないのですよ。立候補者が被らないだけで勝てる程、甘い状況では無いでしょう。

喩えは悪いですが「10人の敵と対峙した時に、手ぶらの5人で勝てるのか?」という話です。ではその5人がマシンガンを持てばどうでしょう?

つまり現状で塊になるだけでは勝ち目は無いのです。それ程、民主党時代に信用は失われてしまったのです。しかもその総括もせずに再集結では・・・。ですが例えば「消費税廃止」というマシンガンを持って塊になるなら、政権交代の芽はまだ残るだろうという事です。実際には自民党側が消費税減税というピストルを手にしそうな情勢ですが。

もしプラグマティックに考えるなら、「消費税廃止」など国民生活に直結しイメージし易い旗で野党共闘する事がチャンスを最大化できるでしょう。それでもイデオロギーにしがみ付き「減税」すら口に出来ない野党ならば「寝言は寝言のまま」で国民が救われる事は無いでしょう。結果、DV政府に減税という絆創膏を1枚だけ貼られ、また国民はDVを受け続けるのです。野党側が「DVはダメだ。治療をしましょう」と明言出来なければ、支持率を上げる事すら困難でしょう。

左に寄りすぎると柔軟性を失う方が多くなる印象ですが、実利を考えれば数多ある主張の1つを時限的にでも引っ込める気概が欲しいものです。「肉を切らせて骨を断つ」、自分だけは少しも血を流したく無いという思いが、結果的に負け戦を招いている事に気付いて欲しい。政権交代しない限り、理想や理念は「絵に描いた餅」でしかないのですから。

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