• 金. 9月 17th, 2021

ユヴァル・ノア・ハラリ

イスラエル出身の歴史学者/哲学者。NHKで世界の知性として紹介される事も多い賢人です。彼の話の中で私が目から鱗だったのは「人類は穀物の奴隷」という視点でした。人は食べる為に穀物を育て、世界中で育てられる様に改良したと思っていました。しかし生存競争という視点で見ると穀物は世界中に勢力を広げ、人間に世話をさせているわけです。人々は雨が降ろうが風が吹こうが穀物の為に今日も奴隷で在り続ける。

いや、驚きでした。物事は様々な角度から見る必要がありますが、この視点は予想だにしていませんでした。ですが確かに「人類」と「穀物」の関係性に着目すれば「人類」の方が「穀物」の生存エリアを広げ、世話をしているのですから「奴隷」と呼ぶに相応しいでしょう。

その彼の著書「サピエンス全史」は世界中でベストセラーとなりました。上下巻の分厚い本です。「・・・読みたい・・・」とずっと思っていましたが、老眼には辛いページ数です。その為読めずにいたのですが、なんと親切な事に漫画バージョンが発売されました。

迷わずポチりました。

漫画版サピエンス全史

サピエンス全史は「現実とフィクション」という視点で人類史を紐解く作品で「認知革命」「農業革命」「科学革命」という3つのゾーンで展開されています。こちらの漫画版は「認知革命」までのお話。続編は追い追い発売される様です。

人類は認知を身につけた事で、のちに言語で意思疎通が可能となりました。人類が特異な存在となり得たのは、現実を言葉で伝えられた為ではなく、噂話つまりフィクションを信じる事ができた為だとハラリ氏は主張します。どういう事でしょう。

宗教などは正に最たるものでしょうが、フィクションであってもそれを信じる人同士は力を合わせる事ができる。元々、人類は6種類存在したがホモ・サピエンスのみが生き残ったのはこのフィクションを信じる力の為だそうです。

私たちが生きるフィクションの世界

現代の経済システムについても言及しています。

「お金」という物はフィクションそのものであると。反緊縮を掲げる現在のマイノリティーの方達は理解できるでしょうが、古い経済学を盲信する主流派経済学者には理解出来ないかも知れませんね。大切なのは「人」であり「物」である。それを円滑に繋ぐ為のフィクションが「お金」であり、それはあくまでも皆が「この紙切れはコレと交換できる」と信じ込む事で成立しています。その紙切れ自体に価値がある訳ではないのです。

「その存在自体が地球上から無くなっても困らない物」はフィクションだという事です。作中にはプジョーの話が出てきます。昔、会社は個人の責任において運営されていました。しかし株式会社の誕生で、人格を持たないフィクションの「会社」という存在に責任を移したのです。車の不具合で死者が出た場合、痛みも悲しみも感じない「会社」という仮想の存在が責任を取る。その原因を作った人が全責任を負う訳ではないのです。そしていつしか人格を持つ「従業員」よりも、人格を持たない仮想の存在である「会社」の方が強い立場になる。あるいは「現実に労働する従業員」よりも「フィクションであるお金をフィクションである会社に投資した株主」の方が立場が強くなる。おかしな話です。

私たちが生きる世界が虚構である為に、現実の価値が歪められてしまっているのです。

今の日本では、正にコレを体感出来ている人が増えたのではないでしょうか。コロナという人類にとっての災難が降り掛かった事で、本当に価値あるものや現代のシステム的欠陥が浮き彫りになっています。この事で1人でも多くの人の意識が変われば、人類はやり直せるのかも知れません。

しかし先日、ハラリ氏はある番組で「諦めてはいけないが、歴史を見ると人類の愚かさも甘く見てはいけない」と発言されていました。アフターコロナの世界がどうなるのか・・・フィクションの力を悪用する人がのさばる世界が変わらず続くのか、それとも少しだけホモ・サピエンスは知性を取り戻すのか、それこそ神(フィクション)のみぞ知るですね。

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